眠る前のひととき

 さて、この時間がやってきた、ぼくの意識はもうろうとして、なにを、とか、どのように、ということがなくなる、あるのは戸惑いと、自己嫌悪か、そう書いてみただけで、実質はなにもともなわない、それでもいい、さて、思い出すことはあるか、黄緑色のふうせんがひとつ、デパートの屋上から飛んでゆく、それをなんとかつかもうとする、どこから、だれが?手の届く範囲は限られている、ねむけがぼくを誘い込む、そこで見えるのは暗い部屋か、だれも来たことがない、それ故にやさしくて、懐かしい、カーテンの匂いがする、ぼくは何度間違えることができるか、意味をわかっているのか、とけない氷のように、体の奥にある、触れることができるのは、夢のなかの住人だけか、裸体が横たわっている、柔らかい乳房、湿った陰部、その体は缶集めをした帰りの子だもたちに踏みつけられる、体は痛みを感じるか、欲望に負けて、なすがままか、それともなされるがままか、一度来たことのあるデパートにまた来ている、その屋上でこの鍵を買ったのだ、やさしい生身の肉体の奥が、あなたを包み込もうとしている、わたしは感じる、うつくしい旋律が聞こえる、笑うがいい、ぼくが必要としているのは、彼女の奉公だ、思い通りになればいい、見つめられればいい、いつか忘れられて、なにもかもが消えていったとしても、この実感は焼きついた影のように残るだろう、それまでの間ぼくは期待し続けるだろう、それでいいと声が聞こえる、ありがとうとぼくは言う、さようなら。眠気はやがて覚め、ぼくは思い通りの方へと歩いて行く、木々の匂いのする風を浴びながら。