ドストエフスキー『カラマーゾフの兄弟』

 ドストエフスキーカラマーゾフの兄弟』を読み始めた。ぼくは体調によって読める小説と読めない小説があることがこの数日で分かってきた、ガルシア・マルケス『族長の秋』は読むことが難しい、名詞的な言葉の塊が次から次へと押し寄せて、頭が破裂しそうになる、それに対して、『カラマーゾフの兄弟』は、文章が流れ込むように入ってくる、ぼくは読むのは二度目だ、一度目に読んだ時の興奮を思い出している、難しくて分からないところもあった、ただ凄まじい熱量に圧倒された記憶がある、その当時書いていた小説にもその影響が残っていると思う、人物たちがそれぞれ固有のキャラクターを持ちながら、絡まり合うように関係し、発熱する、唱和する、ポリフォニーというやつだ、使い勝手がいい言葉だ、わかった気になる、小説を一番理解するには、その小説と同じように書いてみることにあると思う、もちろん全然手は届かない、だがそれでも試して書いてみる、すると言葉でではなく体感でその小説を飲み込むように理解することが出来る、小説のおもしろさだ、ぼくはまた新しく小説を書き始めている、きっと意識しようとしまいと『カラマーゾフの兄弟』の影響を受けるだろう、書くことによって得たものを、小説の中だけのあらわれとしてではなく、このブログにも、上手くいくか分からないが書いてみようと思う。